
東京大学の太田と申します。本日はお時間をいただき、ありがとうございます。本社会連携講座の取りまとめを務めております関係で、講座の目的と進め方、その背景にある考え方を私からご説明いたします。
まず講座の概要です。本講座の正式名称は「AI技術を活用して持続発展する次世代生産システム運用基盤の構築」。株式会社デンソー様と東京大学による社会連携講座として、2025年4月に開始し、第1期は4年間を予定しています。
自己紹介を簡単に申し上げます。私は現在、東京大学大学院工学系研究科・人工物工学研究センターの教授を拝命しており、専門はロボティクスと生産システムです。本日はそのうちの、生産システムに焦点を当ててお話しします。
本講座が目指すのは、日本の強みであるリーンマニュファクチャリングを、デジタル化とAIの力で飛躍的に強化し、次世代の「生産システム運用基盤」を築くことです。熟練技能はこれまで人から人へと伝承されてきましたが、少子高齢化による人材構造の変化などもあり、従来のやり方だけでは十分に継承できなくなりつつあります。一方で、IoTやAIの進展は、その継承と活用を加速できる可能性を拓いています。私たちは、この問題意識のもと、現場の生産システム運用基盤が自ら学び続ける「持続的発展」を実際に実現することを目標に据えています。加えて、そこで得られる知見や方法論を体系化し、今後蓄積される熟練技能・知識を継続的に獲得・更新できるようにするとともに、情報化された次世代ものづくり教育へ展開していきます。
研究の柱は大きく四つです。
まず、生産システム運用時の稼働データを活用してリーン化を進めるため、手順のモデル化・分析・記述方法を整え、知識を体系化します。何よりも、適切に「記述」できなければ、議論が始まりません。
次に、IoT等で取得される詳細な稼働データに、工程・設備のモデル(どの工程で、どの設備が、どう振る舞うかという構造)を統合し、情報を抽出します。異常が生じた際には、その原因と有効な対策を分析・推論する枠組みを築きます。
三点目は、技術の陳腐化を防ぎ、生産システム運用基盤が循環的に進化し続けるためのモデル・知識マネジメントです。工程・設備モデルや知識が現場の変化に合わせて更新される仕組みを整えます。
四点目として、これらの研究成果を体系化し、教育機関としての使命に沿って、次世代の情報化ものづくり教育へ展開します。
体制についても触れます。デンソー様からはFA事業推進部の横瀨様、浜本様、中田様にご参画いただき、東京大学側は私に加え、この後発表する梅田教授、司会の原准教授、上西特任講師が研究分担者です。加えて、多くの学生が主体的に研究を推進しています。
ここから、具体的な進め方のイメージを共有します。皆さまご存じのとおり、生産システムの改善は、設備の稼働を観察・分析し、異常を検知し、原因を推定し、対策を実行して改善につなげ、そのサイクルを回し続けることで実現します。これまでは主に熟練者の知見や経験がこのプロセスを支えてきました。私たちは、ここにAIやITを適切に導入し、判断や作業の質を保ちながら、プロセス全体を飛躍的に円滑化することを目指します。
その統合基盤を、私たちは「次世代生産システム運用基盤」と呼んでいます。工程・設備モデル、生産技術の知識・ノウハウ、改善の実績データベースなどで構成し、稼働分析・異常検知・原因推定・改善実行の各プロセスを支えるアプリケーションを実装します。重要なのは、これらのアプリケーションが一度作って終わりではなく、現場で使われる中で進化し続けることです。同時に、それを使う人間も成長し続けることが不可欠だと考えています。AIに「使われる」人間ではなく、AIを使いこなして自らの能力を高める人間を育てる。改善は完全自動化では成り立ちません。人間の介在を前提に、AIと人の協働で現場力を底上げしていく、これが私たちの基本的な考え方です。
この構想を現場に寄せて検証・実装するため、私たちは「ラーニングファクトリー」を基盤として活用しています。本学の施設内に設置した実験用の生産ラインでは、レゴ部品を用いて自動車モデルを組み立てるプロセスを用意しています。製造プロセスは12の作業から成り、パレット搬送・位置決め・供給・組み付けといった要素が連なります。コンベアで運ばれるパレット上で、3台のロボットが組立と検査を実行し、多品種少量の条件下で運用されます。物理ラインとサイバー空間のデジタルツインを構築しており、実機が止まればツインも止まる、といった正確な連動が可能です。実際の工場では困難な「意図的な停止」や「意図的な故障の発生」もここでは可能で、エキスパートがどのように観察し、どの順序で解決していくかを、再現性を持って追跡・記録できます。これにより、暗黙知の抽出が「サイエンス」として扱える土台が整います。
ここからは、現時点でお話しできる具体的な研究の一端を、工程・設備モデル、稼働分析、異常検知、原因推定の順でかいつまんでご紹介します。
まず工程・設備モデルです。ものづくりは工程の順序で進み、その工程を担保するのは設備です。この対応関係をきちんと持ったモデル構成が出発点になります。設備モデルを階層的・機能的に構造化し、どの加工内容・機能のどの部分で問題が生じたのかを紐づけて記述・保管します。たとえば自動車モデルのルーフをパレットから取り出して組み付ける工程を考えます。工程要素としては、パレット搬送、位置決め、ルーフ供給、組み付けなどがあり、その中の「パレットからルーフを取り出す」という機能に問題がある、といった形で、原因箇所を機能階層に沿って構造化して記述できるようにします。これが後段の異常検知・原因推定の基盤になります。
次に稼働分析です。ラーニングファクトリーにおける作業実績をもとに、問題解決の手順をできるだけ汎用的に記述し、「汎化プロセスモデル」として整備しています。動画データや設備モデルなど、どの情報をどの段階で使って意思決定したのかを併記しながら、手順を形式知化します。詳細はこの後、梅田教授からPD3*を用いた稼働分析ロジックとして詳しくご紹介します。
* 稼働分析や工程知識を記述・推論するための言語・フレームワーク。Process Modeling Language for Digital Tripletの略
三点目は異常検知です。正常状態であっても、多品種少量では動作パターンに揺らぎが生じます。搬送系では周期ごとのバリエーションや確率的なばらつきも不可避です。そこで私たちは、正常動画から空間(画像上の位置)と時間の分布を明示的に学習し、時空間的な基準分布を構築します。例えば「物体は通常この時間帯に、この位置周辺に現れる」といった確率的分布を把握した上で、実際の挙動がその分布からどれだけ外れているかを定量化し、逸脱を異常として検知します。単純な一致・不一致ではなく、正常の揺らぎを包含したうえでの時空間的偏差として扱う点がポイントです。
四点目は原因推定です。ここでは知識の蓄積の仕方が極めて重要です。従来は故障発生時の記録が自然言語のメモ中心になりがちでしたが、私たちは工程・設備モデルに沿って、どの機能階層のどこにどういう不具合が生じたのかを構造化して記述・保存します。こうして構築された知識をグラフ構造で管理し、新たな故障が発生した際には、類似度に基づいて候補原因を素早く引き当て、対策の当たりをつけることができます。現場の説明責任にも耐える、再利用可能な知識基盤を目指しています。
最後に、出口と展望について申し上げます。私たちの対象はものづくりですが、プロセスを作り、動かし、改善するという構造は他分野に通じます。ここで得られた知見は、他分野への展開も視野に入れています。教育面では、ラーニングファクトリーが次世代のものづくり教育に最適な場を提供しますし、実装面では、次世代の生産システムそのものに提供できる技術群として磨き込んでいきます。
以上、講座の全体像と、現在取り組んでいる研究の要点をお話ししました。AIとデジタルを取り込みつつも、人が中心にいて現場を理解し、AIを使いこなして成長していく。その前提で、進化し続ける生産システム運用基盤を築く。皆さまとともに、次世代の生産システムを実現していきたいと考えています。ご清聴ありがとうございました。