東京大学 DENSO

講演02

日本のモノづくりをわたしたちの知恵と技術でワクワクするものに

海老原 次郎 (株式会社デンソー CMzO)

はじめに

皆さん、こんにちは。株式会社デンソーのCMzO(Chief Monozukuri Officer)の海老原と申します。私からは現場サイドの立場で、今どこまで運用を始めているか、何を課題としてどう取り組んでいるか、そしてそれがデンソーのモノづくりの歴史とどうつながっているかをお話しします。

最初に自己紹介を兼ねて、私の原点からお話しします。私は1988年に入社し、生産技術部で工程設計に従事しました。デンソーの生産技術部は、当時は事実上「工程設計者しかいない部」。日本の製造業でも珍しかったと思います。工程設計者は何をするのかというと、製品構想の段階から量産立ち上げ、安定量産、最後の面倒を見るところまで、プロジェクト全体を引っ張るのが仕事です。新入社員の私に最初に渡されたのは一つの製品。「これをやれ」。投資額はいくらか、必要生産量はいくつか、誰も教えてくれない。「自分で考えろ」。社内には「工程設計初級」というテキストがありましたが、手順が書いてあるだけで、それで完成するものではない。先輩に頭を下げ、加工・材料・設備のプロに聞いて回り、できる/できないを徹底的に確かめながら、自分の工程を設計していく。そうやって複数製品を回し、現場で鍛えられました。今日の連携講座で議論しているエッセンス、現場起点、構想から運用までの一気通貫、知の体系化は、当時の仕事の中に確かにありました。

デンソーのモノづくりと人づくり

会社紹介を簡潔にいたします。デンソーは、センシング、パワートレイン、コネクテッド、サーマル、モビリティと幅広い領域でシステムを供給するサプライヤーです。先生方の言葉を借りれば、OEM*が「やりたくない、面倒くさい」領域の製品をやる会社。それを積み重ねた結果、モビリティエレクトロニクスから空調、パワートレインのシステムまで、作る幅が広がりました。現在、約38カ国、130拠点で5000ラインを運用しています。内燃から電動、自動運転へのシフトは時間をかけて進むと見ていますが、方向性は明確です。世界の「究極のゼロ」、すなわち交通事故ゼロとCO2排出ゼロを、製品とモノづくりで貢献したい。この旗は変わりません。

* 自動車業界におけるOEMとは、完成車を自社ブランドで設計・製造し販売するメーカーを指す。

デンソーのモノづくりは「モノづくりは人づくり」を土台にしています。技術開発、製品開発、量産立ち上げ、安定供給。どれか一つではなく、流れ全体で価値を届ける。その中にデジタルとAIをどう織り込むかが、これからの課題です。

実現力のプロフェッショナルとしての歩み

生産システムに関しても、こだわりを持って歩んできました。複雑で難しい製品を安定して作るために世の中の設備だけでは足りない。そこで早い時期から工機部門を立ち上げ、内製設備を作る力を育てました。ロボットが必要だと判断すれば、ロボット事業も自分で立ち上げる。1970年代には、同一製品の多品番ランダム対応ができるトランスファーラインに挑戦し、無段取りで流せる工夫を凝らしました。1990年代には世の中に先駆けて24時間無人加工ラインにも挑戦しました。その結果は「6時間無人だが、昼休みは人が入る」ため24時間無人は達成できませんでしたが、失敗から多くを学びました。2000年代には、AGV上にロボットを載せライン編成を自在に変えるモバイルロボットラインを導入。台数を増やせば少量から量産までスケールできるとの考えです。このように我々はFA、デジタル化、グローバルネットワーク化を、現場で一つずつ形にしてきました。今、中国勢の自動化は目覚ましいです。ヒューマノイドを現場に入れ、単純なものなら徹底的に速く安く作ることができる。ただし、我々には我々の勝てる土俵があります。複雑で、調整が多く、流れの難しいもの、そこは日本の、そしてデンソーの得意領域であり続けたいと思っています。

では、今のデンソーの強みをどう総括するか。社内では「実現力のプロフェッショナル集団」と呼んでいます。メカ、エレキ、ソフトの設計から量産までを一貫でやり切る力。技能は、デンソー学園をはじめ人材育成に力を入れ、技能五輪でも金メダルを獲得する人材が育っています。安定して大量に作り、グローバルで届け、持続させる力。そして、リーズナブルなコストで世界に実装していく力。長い歴史の中で積み上げたこれらの力が、今の土台です。

なにをAIに任せ、なにを人に残すか

一方で、環境は大きく変わりました。需要は読みにくく、人は減り、技術は加速し、AIが前提になる。この中で、AIエージェントが仕事を回す世界が「すぐそこ」と言う人もいます。ただ、人は何をするのか、なぜそれをやるのか、何をやるのか、どうあるべきか、目標値はどこか。ここは人が決めるしかありません。AIが集め、整えた知識が価値に変わるかは、人の問いと判断にかかっています。社内でよく使う言葉に「知識・意識・風土」があります。知識がなければ始められない。仕事が回るようになれば、意識を上げ、高い目標を置く。語り合える状態が風土になり、競争力になる。知識はAIが得意です。だからこそ、データをどう使い、AIと人の関与をどう設計するか。そしてそれをいかに意識・風土につなげるかが問われています。

デンソーが積み上げたナレッジをだれもが活用できるように

次に、これから目指す工場の姿をお伝えします。昨日の「できていない」を明日の「できる」に変える。その鍵は「モノづくり運用基盤」です。「DENSO Brain」と表現していますが、社内での通称はDAIKU(DENSO AI for Knowledge Utilization)です。生産技術、保全、品質問題など、部署と拠点に散らばるナレッジを集約し、必要な人が必要な時に取り出し、有効に活用できるデータベースを構築しています。モノづくりに限らず、経営レベルの意思決定ともつながる器に育てたいと考えています。

ただし、ナレッジ活用はTPS(トヨタ生産方式)の順番を外すと迷子になります。仕事とデータの両側面での取り組みが重要です。仕事側は、まず可視化し、次に簡単化をするとシンプルな流れが見えてくる。そこから高いレベルの標準化が実現でき、標準が固まって初めて効率的な自動化が成立します。データ側は、データを標準フォーマット化し、意味のある形で引き出せ、再利用できるようにする。それができて初めて仕事の仕組みを変えることができます。DXやAIで一足飛びに考えがちですが、この両面を地道に進めることが、実は一番の近道だと考えています。

技術と技能の両側面での活用

ここから、具体的な取り組みを二つご紹介します。まず「技術(知識)側」です。当社は過去に大きな品質問題も経験し、製品開発における品質担保の重要性を痛感してきました。従来、工程設計時には、加工技術者に「この加工、この出来栄えだとどんな不具合が起こる可能性があるか」「耐久試験は何をすべきか」と聞いて回り、試験条件を決め、試験し、図面に落とし込むという、時間も負荷も大きい仕事の進め方をしていました。これを「材料・加工ナレッジ」として一箇所に集め、当社の経験知はまずすべてデータベース化しました。対話型のチャットボット機能も有しており、問いかければ専門家と同等の候補が返ってくる。技術者は駆けずり回る時間を減らし、世界一・世界初の製品を生むための独創性を投入する時間に振り向ける。今、こうしたデータベースを立ち上げ、運用を始めています。

次に「技能(現場)側」です。新しいラインは各設備からセンサー等でデータを無条件に吸い上げ、ラインごとのデータレイクに蓄積します。しかし「何でもかんでも集めたデータ」は、そのままでは使えません。そこで分析ツール「DN7」*を開発・公開しました。多様な工程データを統計的に扱い、最終の検査データと紐づけて、変化の要因を絞り込みやすくする。分析手法も複数内蔵し、現場のオペレーターや技能員が自ら、日々の変化とデータの変化を照らしてサイクルを回せる。これができると、従来は「品質・生産技術・設計が集まって、どこから調べるか」というところから始まったトラブルシュートが、現場ですでに半分以上進んでいる状態でスタートでき、現場起点で解決が速くなります。こうした現場が、国内外で着実に増えています。

* 従来のQC七つ道具をデジタル時代に合わせて進化させた新QC七つ道具を示す。データの可視化・分析をデジタルツールで効率化し、問題解決や品質改善を支援する手法群。 Digital Native 7の略。

実用化と社会実装をめざして

これらの知見を、今回の連携講座の中で学術的に形式知化し、他産業にも展開可能な形にするのが次の挑戦です。当社はグローバルで、少量生産のライン、中量のライン、高速トランスファーラインなど、さまざまなパターンのラインを運用し、データも蓄積しています。これらを大学の皆さまと接続し、「どの現場でも動く知識」にする。先ほどの汎化プロセスモデル、プラガブル設計*、デジタルトリプレットとつないでいきたいと考えています。

*システムやソフトウェア後から追加・交換できる仕組み。モジュールや機能を差し込んで使えるようにする設計思想。

最後に、我々デンソーは今回の社会連携講座でお話ししたようなことを、現場で、実務で、形にしていきます。ご関心のある方は、ぜひ当社の工場にも足をお運びください。一緒にレベルアップしていければ嬉しいです。モノづくりは面白い。そして日本のモノづくりは、まだまだ元気にやるべきことがたくさんある。皆さんとともに、その面白さと強さを次の世代につないでいきたい。どうぞよろしくお願いいたします。以上です。