
以下敬称略
一つ目の論点は「DX推進の成否を分ける条件」です。本シンポジウムでは梅田先生より、基盤技術として「デジタル・トリプレット」の考え方が提示されました。一方で「名ばかりDX」という批判も根強い。現場から見た成否の分岐点は何か。横瀬部長、お願いいたします。
ありがとうございます。東京大学と共同で本プロジェクトを進めています。DXの成否を分ける第一は「汎用化」です。現場の問題解決は一見、その場限りの特殊解に見えますが、優秀なオペレーターは現場Aでの解法を現場Bでも再現できます。違いは「何を見るか」、すなわち観測対象やデータ選択の設計であり、解決プロセスそのものは汎用的です。したがって、個別課題を解きながら、方法論の汎用化と再利用性を高める設計が重要だと考えます。
第二は「楽しさ(インセンティブ)」です。現在、エキスパートが何を考え、どう意思決定したかを記述・可視化し、知識として蓄積する取り組みを進めていますが、労力は膨大で日常業務では続きにくい。ここを簡単化・自動化し、負荷軽減にとどまらず、「知識を生み・残すこと自体が楽しい」と感じる動機づけを設計したい。ものづくりの喜びが「作って出荷する」から、「新しい知を生み、蓄積し、後世に残す」へと広がる。そんな現場像を実現したいと考えています。
ありがとうございます。いまの点について、梅田先生、コメントをお願いします。
横瀬さんの「楽しさ」への着眼は重要です。知識を参照しながら問題に取り組むと、「自分にも解けた」という手応えが得られますし、自分の経験が知識としてアップロードされ、他の現場に展開されることも励みになります。デジタル・トリプレットで表現したい内容は、概ねコンセンサスが取れつつありますが、実装面ではなお大きな挑戦です。知識獲得はとても手間がかかるため、日々の業務の流れの中で、知識が自然に増殖する仕組みを埋め込み、徹底的に単純化する必要があります。第一期での完全解決を約束はできませんが、そこを目指して推進します。
ありがとうございます。では、二つ目の論点「グローバル競争における日本の勝ち筋」に移ります。藤本先生のご講演でも多くの示唆がありました。併せて、藤本先生からは「設計の比較優位」というキーワードも提示されました。現場主義による能力構築を、いかに設計領域の比較優位へ接続するか。これは、人とAIの役割分担や、働き手の「できなかったことができるようになる」喜びともつながります。教育の観点も踏まえ、太田教授にご見解をお願いします。
ありがとうございます。教育の立場から申し上げます。藤本先生の「多能工化」の歴史的文脈、梅田先生の「物理世界の知識」と「問題解決の知恵」という両輪は、人材育成の核心だと受け止めています。企業の先端的な現場知と、大学の理論的バックグラウンドを統合し、「分かる」だけでなく「使いこなす」人材を育てたい。AI時代に難しいのは、「何を見るか」以上に「何を見ないか」の取捨選択です。視点(フレーミング)がなければ、情報は無限に出てきてしまう。ですから、やる気や視点まで促進する学習サイクルを、PBL(Project-Based Learning)やデザイン思考を通じて設計し、「楽しかった」で終わらず「何を学べたか」に確実に接続させる必要があります。
また、給与の面も非常に大きなファクターです。学生は今、ものづくりの現場というよりかは、上空を受け持つコンサルへの志望が多い。上流から下流までをオールレンジでカバーできる技術者の価値が、適切に評価、そして報酬へ反映される環境整備も重要です。
ありがとうございます。ここまでの議論を踏まえ、藤本先生から総括的なコメントをお願いいたします。
工程によって自動化の度合いは異なります。自動車で言えば、スポット溶接はほぼ100%自動化されていますが、組立では薄板の取り回しなど繊細な作業が多く、人の巧みさが活きる領域が残る。仮に直接作業の多くが自動化されても、物理世界では異常事象が相応の頻度で発生します。その際に「いざという時に体が動く」人は不可欠で、ここはAIに代替されにくい。普段はモニタリングや改善などホワイトカラー的な業務を行い、必要なときには現場に飛び込める、私たちはこれを「ライトブルー」人材と呼んでいますが、この人材が鍵だと考えます。成長実感や役に立っている実感を得られる職務設計が、若い世代にも響きます。
具体例を挙げます。ある地方工場では、女性を中心とするチームが二時間ごとに「現場アスリート(高密度の手作業)」「現場サイエンティスト(自動化ライン改善)」「水すまし(搬入・搬出等の搬送)」をローテーションしています。全体の流れを掴みつつ、技能と技術の両面を鍛える運用で、極めて高い生産性を示していました。こうしたライトブルー型の現場にDXが入ると、安心して任せられる「効くDX」になると考えています。
ありがとうございます。続いて、人材・教育の観点から、海老原様、コメントをお願いします。
「ライトブルー」のコンセプトには強く共感します。現場の技能員のレベルは上がり、担当範囲も広がっています。技能と技術の線引きに意味が薄れる場面も増えており、組織の在り方もその方向へシフトすべきだと考えます。ものづくり人材には大きく「生み出す」と「維持・流し切る」の二つのフェーズがあり、求められる能力は異なります。前者には多能性、アイデア創出、チームでのコミュニケーション、そして自ら手を動かし素早く形にできる力。後者には、生産管理で流れを設計する力、異常検知力、マネジメント力が要る。フェーズごとに人材像を細かく定義し、育成計画を設計することが重要だと考えています。
ありがとうございます。最後に、横瀬様、お願いいたします。
東京大学との社会連携講座で講義を行う機会があり、学生の皆さんから「ものづくりはこんなに面白いのか」との声を多数いただきました。日本は製造業が盛んですが、学生時代までに現場に触れる機会は意外と少ないのが実情です。採用環境が厳しくなる中で、私たち自身も、ものづくりの楽しさをわかりやすく発信し、研究成果を素早くカリキュラム化して共有する。そんな学びの場を整え、「製造業で人生を賭けてみよう」と思う若い方を増やしていきたいと考えます。デンソーとしても、発信力を一段と高めていきますので、ぜひ応援をお願いいたします。
力強いお言葉で締めていただき、ありがとうございます。本日ご登壇のパネリストの皆様に盛大な拍手をお願いいたします。それでは、パネリストの皆様、ご席にお戻りください。ありがとうございました。